私が馬賢達先生の通備拳を「老通備」と位置付けしている理由は以前書いた通りで、それは自分自身がこれまで学んだものと他の系統(の一部)とを比較しての私見によるものですが、通備拳の各系統全体においてそれが当てはまるかどうかというのも確証が持てないうちに仮称的に当研究会の名称としました。ここで確認しておきたいのは、賢達先生もそうである様に、穎達、令達、明達各先生方もある時期の学生には、西安体育学院における最初期の学生である白鴻順先生達が学んだもの(当研究会におけるもう1つの意味での老通備でこの研究が主になる)とあまり変わらないものを教えていたかも知れないという事です。更に言えば馬鳳図先生には賢達先生の先輩に当たる学生達もいたわけで現在のところ私がそういった古い形の伝承を確認出来ていないだけなのです。馬先生の系統の方が通備拳の初期の頃の形を残していると思われる理由の一例として通備八極拳が大開大合の身法を用いているのを除けば他流派の八極拳と大きな違いを感じないという所にあります。そういった様に他流派の八極拳を眺めていると長春八極拳の「六大開」と「八大招」に幾つか通備八極拳の「八大招」の基と同じと思われるものがあるのです。その事を踏まえて通備八極拳の「八大招」の来歴について私の考えるところがあるのですが、今のところ検討する材料が少ないため、何れ機会があれば書きたいと思います。
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